甲状腺って、パッションフルーツに似てるよねぇ

甲状

2022年4月の健康診断で、「結節性甲状腺腫」と指摘された。

「まあ、しばらく様子を見ましょう。」

そんな感じで、半年に1回ほど血液検査とエコー検査を受け続けていた。

ところが、右側の甲状腺は少しずつ、しかも着実に成長を続けていた。

気がつけば、喉仏は明らかに左へ押し出され、気管まで曲がってしまっている。

さすがにこれはまずい、ということで、

2026年6月15日、甲状腺右葉全切除と左葉の一部切除の手術を受けた。

手術前に一番心配だったのは、「声」。

私は声を使って仕事以上に大切な活動をしているので、声が出なくなるとかなり困る。

調べてみると、甲状腺の周囲には声に関係する神経が二つあるそうだ。

一つは反回神経。

こちらは声帯を動かす、とても重要な神経で、傷つくと声がかすれたり、大きな声が出しにくくなったりする。

もう一つは上喉頭神経外枝。

こちらは高い声や声量、長時間話す能力に関係している。

歌手や教師、アナウンサーには特に大切な神経らしい。

手術後、執刀医の先生は開口一番、

「声帯の神経は残してきましたから。」

と一言。

私は「ありがとうございます」と答えたのだが、

心の中では、「残してきました……って何?」

先生の言いたかったことは、「きちんと温存できましたよ」という意味なのだろう。

おかげさまで、今のところ日常会話にはほとんど支障はない。

長時間大きな声を出すと少し疲れやすいものの、

少しずつ回復しているようにも感じている。

さて。

せっかくなので、手術で取り出した私の甲状腺をご覧いただこう。

最初に見たときの感想はただ一つ。

「これ、パッションフルーツじゃない?」

もちろん食べられません(笑)

と思います。

パッショ

これが本物のパッションフルーツ

※閲覧注意※

このあと、手術で摘出した甲状腺の写真が表示されます。

血液はほとんど写っていませんが、臓器の写真ですので、苦手な方はここで読むのを終えることをおすすめします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてこれが私から切除された甲状腺さん

パッション


フルーツに似てる

2022年4月の健康診断で、「結節性甲状腺腫」と指摘された。

「まあ、しばらく様子を見ましょう。」

そんな感じで、半年に1回ほど血液検査とエコー検査を受け続けていた。

ところが、右側の甲状腺は少しずつ、しかし着実に成長を続けた。

気がつけば、喉仏は明らかに左へ押し出され、気管まで曲がってしまっている。

さすがにこれはまずい、ということで、2026年6月15日、甲状腺右葉全切除と左葉の一部切除の手術を受けた。

手術前に一番心配だったのは、「声」。

私はスクエアダンスのコーラーをしているので、声が出なくなるとかなり困る。

調べてみると、甲状腺の周囲には声に関係する神経が二つあるそうだ。

一つは反回神経
こちらは声帯を動かす、とても重要な神経で、傷つくと声がかすれたり、大きな声が出しにくくなったりする。

もう一つは上喉頭神経外枝
こちらは高い声や声量、長時間話す能力に関係している。歌手や教師、アナウンサー、そして私のようなコーラーには特に大切な神経らしい。

手術後、執刀医の先生は開口一番、

「声帯の神経は残してきましたから。」

と一言。

もちろん「ありがとうございます」と答えたのだが、心の中では、

「残してきました……って、どこへ?」

と、思わずツッコミを入れてしまった。

先生の言いたかったことは、「きちんと温存できましたよ」という意味なのだろう。

おかげさまで、今のところ日常会話にはほとんど支障はない。

長時間大きな声を出すと少し疲れやすいものの、少しずつ回復しているように感じている。

さて。

せっかくなので、手術で取り出した私の甲状腺をご覧いただこう。

最初に見たときの感想はただ一つ。

「これ、パッションフルーツじゃない?」

もちろん食べられません(笑)。

 

ゴスペルと声帯結節

その日2024年6月8日は、船橋市民文化ホールにて、

私が出演するゴスペルコンサートの本番日だった。

 

 千枚のチケットは、出演者の家族や他拠点チームのゴスペル愛好者によって、ずいぶん前に完売しており、お天気も良好なハッピーデーだった。

 私がゴスペルを歌い始めてから、もう14年の歳月が過ぎた。思えばとてつもない時間を、この趣味に投入してしまった。その時間を英会話の習得にでも充てていれば、いまごろは、ネイティブスピーカーもびっくりの実力となっていたかもしれない。

 ゴスペルはゴッドスペル、つまり神の言葉だ。我々の多くはクリスチャンではないが、私の所属しているチームには、四つの掟がある。

 

一つ、過ぎたことは忘れるべし

一つ、明日のことは神に任せるべし

一つ、我を忘れてゴスペルを歌うべし

一つ、明るい気持ちで家に帰るべし

 

 私は昔から大きな声で歌うことが大好きであった。

応援団幹部だった高校時代は、応援歌をどんなに大声で歌ってもなんともなく、大学進学後も、多少声を張り上げても、一晩ぐっすりと眠れば回復し、枯れた声が数日続くなんてことはなかったのだ。

 最近は違う。私は大きい声を出し過ぎた影響で、「声帯結節」(声帯にできるペンダコのようなもの)を患わずらうこととなってしまった。お医者様からは「あまり喋るな」というお喋り好きの私にとって、地獄とも思えるご指示を頂いてしまっていた。

 余談ではあるが、約三十年前に、「天使にラブソングを」という映画があった。最近、その時の出演者が再集結し、「オーハッピィデー」というゴスペル曲を歌ったYouTube動画が公開されている。昔少年だったリードボーカルの黒人もいまやいいおっさんではあるが、まるで当時のようなハイトーンで歌っている。全く黒人の声帯の強さは半端じゃない。

 サザンの桑田佳祐さんの声は、比較的枯れている気がする。でも素敵だ。なんでだろう。

 そんなことを考えていた時に、静かに緞帳どんちょうが上がり、コンサートは開演となった。

 本番というのは、緊張感もひとしおであり、興奮もする。観客から拍手を頂いたりすると、いつも以上に張り切ったりもしてしまう。その結果、全力でパフォーマンスを発揮し、それなりの音量で発声し、あっという間に終演の時を迎えることとなった。

後に残るのは、枯れた声だけである。

 

 でもいいのだ。この一日は十二分に楽しかったし、きっと良き思い出となって残ることだろう。今はただ、美味しいお酒を飲んで、眠ってしまうことにしよう。明日以降のことは神に任せてしまえば良いのだ。

 

「役者と空気」〜ミュージカル「カムフロムアウェイ」を観て〜

2001年9月11日といえば、記憶にある方も多いだろう。

ニューヨークであの同時多発テロが起きた日だ。

38機の飛行機がその影響を受け、アメリカ国内に着陸できなくなった。

代わりに緊急着陸した地がカナダの北にある小さな街ガンダーだ。

 

その時、住民と乗客の間に起きた5日間の実話を芝居にしたのがミュージカル「カムフロムアウェイ」である。ガンダーは一夜にして二倍近くの人口となる。住民達は必要なものを用意するために徹夜で駆け回る。乗客を自宅に連れて行き、お茶を出しシャワーを貸し、もてなしをする。


12人の役者が約100の役をこなす、100分休憩なしのミュージカルは正に圧巻であった。
舞台セットは、机と12台の椅子のみであり、それを役者自身がいろいろと置き換え、ある時は管制塔、ある時は旅客機の操縦席や客席、まるでお祭りのような歓迎会、避難先の学園等々、場面は目まぐるしく切り替わる。瞬間、瞬間で、空気が暗く沈んだり、明るく楽しくなった
りと変化する。実力のある役者には空気をも変える力がある。


今回のキャストである宝塚歌劇団出身の安蘭けい、柚希礼音、咲妃みゆ、劇団四季出身の濱田めぐみ、吉原光雄、ベテランの橋本さとし森公美子等は一説ではミュージカル界のアベンジャーズと呼ばれているらしい。


舞台に感動しながらも私は災害の多い日本でこそ、この話は生きてくるのではと思った。自分が災害に見舞われる可能性もゼロではないし、もっと積極的に募金等にも協力しなければと今更ながらに思うのであった。

観劇を終えた私は、すでに完売した日生劇場でのチケットを諦め、終演日の高崎芸術劇場のチケットをゲットした。

アベンジャーズ

 

命短し、書けよ、わたし

命短し、書けよ、わたし

 自分は物書きを目指すものである。今回は「書く」ということについて考えてみたい。  
 話したい人は、自分の言う事を聞いて欲しいから話すのだろう。人が「書く」のは、自分に対しての場合もあるかもしれないが、多くの場合は、ある内容について他人に伝えたいからと考えられる。つまり、自分の書いた文章を読んで欲しいという欲求の結果であろう。読んだ人に対して期待するものとは何か。それは「良いもの読んだ」という耳障りの良い感想なのかもしれない。


 翻って自分が読みたいと思う文章とはどのようなものだろうか。
「そんなの自分で考えなさいよ」
「物語の『面白さ』を期待して」
「じゃあ何が面白いの。『面白さ』ってなにさ」と一人芝居のように自問自答してみる。


 ドラマやアニメを見たいと思うのは、擬似体験をしたいからか。自分が地球を救った気になってみたいのか。失敗しないスーパードクターとなって難しい手術を成功させ大金を稼ぎたいのか。ある試合で苦労して監督から「諦めたらそこで試合終了ですよ」と言われたいのか。それとも海賊王になった気分を味わいたいのか。それらも少し違う気がする。

 悲劇が好きな人は、人の不幸を知って、「自分はまだマシだわ」と自分を励ましたいのかもしれない。喜劇が好きな人は、ただただ笑っていたいだけだったということもありそうな話である。


 気になる疑問や自分の感じるモヤモヤを解消するためか、それともストレス発散のためか。話の内容によっては、余計にモヤモヤしたり、ヒヤヒヤさせられたりするケースもあると思う。


 ミステリーが好きな人は、前半いろいろと謎を降り注がれて、「えっ、何々、何がどうなっているの?登場人物の関係は」と気になる点をいっぱい抱えさせられて、「もうそれがはっきりしないとやめられない」と悶々とし、結局「なあんだ。そういうことだったのね」と納得させられて、ようやく安心する。あるいは「最後までスッキリしなかったわ。ああ、時間を無駄にした」と後悔の念にさいなまされたりする。
ということは納得出来ないと気持ち悪いからと読む人もいるのかも知れない。つまり人の納得欲を刺激して、その解消を提供するケースである。


 つれづれなるままに、そんな事を考えながら、今日もわたしは文章を書き続ける。一体「書く」って何。他人に読んでもらう前に、まず自分自身が悶々としてしまう。


 そんな中でふと思った。「書く」ということは、空間はおろか時間をも超える行為であると。我々は先人の書いたものから多くを学んだり、楽しみを提供されたりする。逆に「書く」ことによって後世に様々なことを伝えることが出来る。

 人の一生は長いようで短い。こうしてはいられない。もっともっとよく考え、もっともっと書かなければと改めて思ってしまった。命短し、書けよ、わたし。

 

PHOTOM@目指せ印税長者

 

ファスナー、ジッパーそしてチャック

ファスナー、ジッパーそしてチャック

「ファスナー」と「ジッパー」と「チャック」は、一体同じものなのか、それとも何か違いがあるものなのだろうかと考えたことがある人は少なくないかもしれない。


 結論から言うとこの3つは同じものだ。

「ファスナー(fastener)」は「ファスン(fasten)」という「しっかり閉める」という意味の動詞が語源であり、靴ヒモを結ぶ不便さを解決しようと考えられたもので、その閉める時の音から「ジッパー(zipper)」という呼び名が生まれたものだそうだ。

 意外なのは「チャック」で、これは「巾着(きんちゃく)」からもじって出来たという話である。実はチャックは日本語だったのだ。


 ちなみに高速道路等で合流する際に、一台づつ交互に合流することを「ジッパー法」とか「ファスナー合流」というらしい。スムースかつ安全な合流ができて、渋滞も悪化させない方法と言われている。


 話は変わるが、私の学生時代からのニックネームは「チャック」である。当時、世界のフォークダンスにハマっていた私は、ユーゴスラビアの踊り「チャチャックコロー」が好きだった。最初「チャチャック」と呼ばれていたが、やがてそれが縮まって「チャック」になった訳である。


 しかし現在の私の知人の多くはこの話を素直に信じてはくれない。
「君は喋り過ぎるから、少しは黙って『口にチャックしなはれ』という意味に違いなかろう」と人をまるで黒柳徹子さんの同類かのように、極めて一方的に言われてしまうことが多い。


 会話も、お互いが順番に話す「ジッパー法」にしてもらいたいものだと考えるのは、もちろん私だけではないだろう。

 

 

ある人からの手紙~感謝状

これはある人から、

自分の「なくてななくせ」に関する感謝状をもらったと

想定して作った文章である。なので、主語はその人であり、私ではない。

私は「君」と呼ばれている。

 

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今年の五月に妻が亡くなった。

十二歳年下の彼女が私のもとに嫁いできてくれたのは、

私が帰国し、まるで浦島太郎にでもなった頃の事だった。

 

当時の私は日本の生活に馴染めず、戦前戦後の貨幣価値の違いにも戸惑っていた。

そんな私の代わりに、彼女は寄付金や財産の管理なども行なってくれたのだった。

彼女以外にも私を助けてくれた人は大勢いたが、

私は君にも感謝の言葉を送りたい。

 

なくてななくせの内の一つの口癖とはいえ、

君が何度も何度も、私の名前を連呼してくれたからこそ、

私は人々の記憶の片隅に残っていられたのだ。

 

でも、もうそろそろ、わからない人の方が多いに違いない。

ひょっとして、

君はもう周りの人々から次のように言われているのではないかい? 

 

「一体誰のこと?その、『よっこいしょういち』って?」と。

 

PHOTOM@目指せ物書き

写真はイメージです。

 

視点を変えた文章は面白い、、、、と思う

お気に入りのものはいろいろとあるが、その一例を聞いてほしい。

 

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マイ・フェバリット(私のお気に入り)


デジタル機器が氾濫し、電車に乗る人のほとんどが、スマホを手にする時代になっても、リフィル交換式の、極めてアナログな小型システム手帳をよく利用している。

 ここには最近のスケジュールのみならず、

 朝晩の血圧・脈拍・体温・体重、

 その日の歩数等の記録、

 通った学校の入学卒業年、

 海外旅行年、

 転職年といった自分の歴史や、

 様々なパスワード、

 知人の誕生日、結婚記念日、命日の情報

までもが網羅されている。

 また、明治神宮のお守り、

 健康保険証、

 JAF会員証、

 図書館カード、

 フルーツピークスのポイントカード、

 現金三万円、

 切手、

 バンドエイド、

 そいて若い頃の妻との写真…等々の居場所でもある。

 

 記憶力弱体化が激しい昨今、

 既に自分の脳の一部と化しているこの手帳がお気に入りだ。

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この文章を視点を変えて書いてみたのが以下の文章である。

 

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約束してくれるかい

様々なリスクから身を守るためとは言え、

パスワードって、とってもめんどうくさいよねぇ。

時々変更するのが大切だって解るけど、いちいち憶えてられないじゃあないかぁ。

 

そんなキミの悩みに答えるためにこそ、僕がいるのさ。

代わりに僕が憶えておいてあげるよ。

パスワードだけじゃなく、朝晩の血圧や体重、

西暦何年にドイツに遊びに行ったのか、

友達の誕生日や結婚記念日とかもね。

 

ついでに大切な小物も預かってあげよう。

健康保険証や、図書館カード、お札とかバンドエイドもまかせてよ。

 

え?若い頃の奧さんとのツーショット写真も預かって欲しいって? 

しょうがないなあ。そのかわり僕のことは大切にしてね。

いつもキミのカバンの中にいれて、

どこにでも連れて行ってくれるって約束してくれるかい。

 

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いかがでしょうか?お楽しみいただけましたか?

 

PHOTOM@視点変えた文章にはまっている

主役 SDダイアリー